ロッジ
「後はボス戦だな。ボス部屋までに魔物がいれば戦ってもらうが」
エステル男爵が言い残して、後ろに帰っていく。
「ボス部屋まで魔物はいないようです」
男爵がいなくなると、ロクサーヌが小声で教えてくれた。
差を見せつけてくれる。
もっとも、男爵も魔物はいないと分かっていたかもしれないが。
ロクサーヌの先導でボス部屋へと向かった。
魔物とは遭遇せず待機部屋に入る。
ロクサーヌのいうとおりか。
待機部屋にも誰もいなかった。
「待っている間に小部屋を通ったパーティーは一つだけだ。扉はすぐに開くだろう。ミチオたちが中に入ったら、我らは上で待つ」
待機部屋に入るとエステル男爵が告げる。
ボス部屋で戦えるのは一つのパーティーだけだ。
何はばかることなく魔法を使える。
ボス部屋への扉もすぐに開いた。
「では」
男爵に目礼すると、俺はボス部屋へと突入する。
冒険者風装備にしているためアルバとひもろぎのイアリングをしていないが、装着する時間はない。
まあなくても大丈夫だろう。
デュランダルはベスタが持っているし、俺も聖槍を装備している。
こんなことになるのだったら知力二倍のスキルはアクセサリーではなく聖槍につけるべきだったか。
似たような状況になることはほとんどないだろうし、しょうがないか。
煙が集まり、魔物が姿を見せた。
魔法も詠唱省略も制限なく使って、魔物を倒す。
アルバとひもろぎのイアリングがなくても、ボス戦はつつがなく終わった。
ミリアの石化のおかげだ。
ボスとグミスライムはミリアが石化させた。
クラムシェルも最後はベスタが倒したし。
俺の装備品の影響はほとんどなかっただろう。
石化した二匹は、ベスタからデュランダルを受け取って俺が片づける。
入会審査にはボス戦の戦闘時間も見られているかもしれない。
わざと不合格になるなら思いっきり時間をかける手もあるが、そこまですることもないか。
多少ゆっくりめに魔物を倒し、二十四階層に上がった。
「やはり早いな」
それでも早かったらしい。
「そうか」
「ここでは誰か来るかもしれん。一度外へ出たら、帝都にあるロッジへ向かう。我のパーティーの冒険者を入れて、先に行ってくれ」
「分かった」
エステル男爵に移動を促される。
確かに入り口の小部屋では誰が来るか分かったものではない。
入会の話をするのだろうし、誰かに聞かれてはまずい。
男爵が持っている山荘にでも行くのだろうか。
男爵たちが黒い壁から外に出ていった。
ベスタからデュランダルを受け取って消した後、俺たちも後を追う。
迷宮の外に出ると、探索者がパーティー編成の呪文を唱えていた。
冒険者をはずすのだろう。
男爵のパーティーには冒険者と探索者がいるからこれができる。
探索者の後、俺もパーティー編成の呪文を唱えて冒険者をパーティーに入れた。
エステル男爵はそんな俺たちを置いてつかつかと騎士団の詰め所に入っていく。
あわてて追いかけると、男爵は何かのエンブレムを詰め所の騎士に見せていた。
俺が借りているハルツ公爵家のエンブレムと同じようなものだろうか。
「移動できる壁を借りたい」
「はっ。もちろんであります、閣下」
エンブレムを見た詰め所の騎士が恭しく応答する。
公爵家のエンブレムより威力がありそうな。
まあなんといっても男爵本人だしな。
入場料を払っておいて正解だ。
「では、ミチオたちは先に」
騎士が詰め所の奥の部屋まで案内すると、エステル男爵が俺たちに向きなおった。
こっちが先に行っている間に、俺たちが迷宮の入り口から入ったかどうか確認するのだろうか。
疑念を持っていなければわざわざそんなことは聞かないか。
向こうのパーティーの冒険者は現在俺のパーティーにいるのだから、男爵は移動できない。
冒険者がフィールドウォークの呪文を唱え、部屋に黒い壁を出す。
冒険者に続いて俺たちも黒い壁に入った。
「これはラルフ様、ようこそお越しくださいました」
俺たちが出たのは、どこかの建物の広いロビーだ。
移動してきた俺たちをすぐに老紳士が迎える。
黒いズボン、黒いジャケットの白髪混じりの男性だ。
名前はセバスチャン。
五十歳代の冒険者である。
ちなみにラルフというのは男爵パーティーの冒険者の名前だ。
「世話になります」
「お役目ご苦労様でございます」
「私は他のメンバーを迎えに行ってきます。しばし彼らのことを頼みます」
「承りました」
「では」
男爵パーティーの冒険者が老紳士にうなずき、その後で俺を見た。
あ。パーティーからはずすのか。
老紳士と冒険者の会話を黙って見ている場合ではなかった。
俺はあわてて冒険者をパーティーからはずす。
パーティからはずれると、冒険者は入ってきた壁から出て行った。
俺たちと老紳士が残される。
老紳士というか、いかにも執事という感じの男性だ。
名前もセバスチャンだし。
物腰柔らかく、慇懃で隙がない。
体全体が礼儀でできていそうな雰囲気だ。
エステル男爵家の執事なんだろうか。
その割には男爵パーティーの冒険者にも敬語を使っていたが。
「ようこそいらっしゃいました。まずはお名前をお聞かせ願えますか。苗字をお持ちの場合は苗字まで。爵位と継嫡家名は結構でございます」
老紳士が俺に頭を下げた。
加賀っていうのは苗字だよな。
家名とは違うのだろうか。
よく分からん。
「あー。ミチオ・カガだ」
「ミチオ様でございますね」
ミチオ・カガでよかったのだろうか。
なんとでもなるか。
「それでは、そちらのお嬢様も」
「ロクサーヌです」
「ロクサーヌ様でございますね」
「えっと……。あの、私は」
ロクサーヌ様と呼ばれてロクサーヌが戸惑っている。
やたら丁寧なんだよな。
ザ・バトラーという感じだ。
「当会では世俗の役職や身分などは何の影響も持ちません。くれぐれもそのおつもりでお願いいたします」
「は、はい」
セバスチャンがロクサーヌを説き伏せた。
当会といっているのは帝国解放会のことだろう。
男爵の別荘じゃなくて帝国解放会の建物だったのか。
「それでは」
「セ、セリーです」
「セリー様でございますね」
老紳士の眼光がセリーを捉え、名乗らせる。
丁寧なだけじゃなくて、実は実力者なんだろうか。
「ミリア、です」
「ミリア様でございますね」
「ベスタです」
「ベスタ様でございますね」
ミリアとベスタにも名乗らせた。
というか、俺からベスタまで、ロクサーヌが把握しているだろう俺たちのパーティーの順位どおりに名乗らせている。
出てきた順番とか並んでいる順番とかではない。
一応俺が真ん中にはいるが、隣のロクサーヌは分かるとしても少し離れたところにいるセリーはもう分からないだろう。
これってすごくね。
分かるのだろうか。
不思議だ。
さすがはセバスチャンというべきか。
不思議に思っていると、男爵たちのパーティーも遅れてやってきた。
「エステル様、お待ちしておりました」
老紳士が真っ先に頭を下げる。
頭を下げる角度もすごい。
ほぼ直角。九十度。
丁寧だ。
「ミチオたちの名前は聞いたか?」
「はい。おうかがいいたしました」
「ミチオは第一位階の会員になる。そのつもりでな」
「かしこまりました」
エステルとセバスチャンが会話した。
俺は第一位階の会員になるようだ。
帝国解放会の建物に案内したくらいだし、試験は合格なんだろう。
新人で第一位階だから、一位が一番下っ端なのか。
四十五階層を突破しないと正規会員にはなれなかったはずだしな。
第一位階はプライベートというところだ。
へ、兵隊さんの位でいうと二等兵なんだな、と山下画伯風にいえばそうなる。
「部屋を用意してくれ。それとハーブティーを」
「かしこまりました。こちらにお越しください」
セバスチャンが丁寧に体を引き、俺たちを誘導する。
彼が案内した部屋に、エステル男爵が入った。
広くて豪華な会議室だ。
細長いテーブルの真ん中に男爵が陣取る。
「ミチオたちも座ってくれ」
「はい」
俺も部屋に入り、男爵の対面に座った。
イスが柔らかい。
高級品だ。
テーブルの片側には六個イスがあるので、ロクサーヌたちも俺の横に座る。
向こうはエステル男爵一人だ。
部屋には冒険者と百獣王がついてきたが、二人ともエステルの後ろに控えて立った。
警護なんだろう。
「察しはついていると思うが、試験については合格だ。ブロッケンの推薦どおり、申し分のない実力と認める。現状ではやや武器に頼っている面もあるが、ミチオならば近い将来迷宮を倒すほどの者になろう。問題はあるまい」
「はい」
「嫌だったら答えなくてもいいが、魔物の動きを止めた彼女は暗殺者か?」
ミリアのことはばっちりばれたらしい。
石化が早すぎたのだろう。
別に隠してもしょうがないか。
「そうだ」
「暗殺者は敵を状態異常にしやすいというが、それにしても素晴らしい働きだった。敵をすばやく状態異常にするには単に暗殺者になるだけではだめで経験を積まないといけないらしいから、相当鍛えているのだろう」
「そうなのか」
暗殺者の状態異常確率アップは、やはりレベル依存でアップ率が大きくなるのだろう。
この先もう少し楽になることが期待できるな。
もっとも、ミリアが石化を男爵に見せたのは一回だけだ。
たまたまということも考えられるのではないだろうか。
多分、ボス部屋での戦闘時間も考慮して、俺たちに二十三階層以上で戦っている実力があると判断したのだろう。
そう評価してから俺たちの戦闘を鑑みれば、ミリアの石化がかなりのウェイトを占めていると判定できるはずだ。
「その間、魔物の攻撃を寄せつけなかったそちらの彼女の動きもよかった」
男爵が視線でロクサーヌの方を示した。
ロクサーヌの動きは公爵も褒めたからな。
当然だろう。
「彼女のことは得がたいパーティーメンバーだと思っている」
「会員以外にはあまり知られていないことだが、迷宮の最後のボスはこちらの装備品を破壊する能力を持っている。攻撃を盾で受けたり剣で弾いたりしただけでも、盾や剣が壊れてしまうことがある。魔物の攻撃を回避する利は極めて大きい」
「装備品を破壊するのか」
ラスボスにそんな力があったとは。
一筋縄ではいかないらしい。
「ブロッケンがミチオを推薦してきたのも道理だ」
男爵が独りでうなずいている。
迷宮を倒すには、避けて避けて避けまくらなければならないと。
ロクサーヌならそれが可能だ。
公爵が俺を推薦したのは、本当にロクサーヌの動きを見ただけで判断したのかもしれない。
「剣で弾いても剣が壊れるくらいなのに、攻撃しても大丈夫なのですか」
セリーが尋ねた。
なるほど、当然そうなるか。
魔物の攻撃を剣で弾くのも、こちらの剣が魔物に弾かれるのも、たいした違いはない。
「攻撃がきっちりと胴体にヒットすれば問題はない。注意深く背後から狙うなどする必要はあるが。もしくは魔法で攻撃するかだ。安い剣や盾を大量に持ち込んで使い捨てにするパーティーも多い」
壊されることを前提に戦略を組むのか。
ラスボスは大変だ。
「お待たせいたしました。ハーブティーでございます」
話が一段落したところで、セバスチャンがハーブティーを持ってきた。
男爵の俺に対する評価は特にないようだ。
まあ後ろから槍で突いてただけだしな。
別の人がワゴンを押してセバスチャンの後ろに続いている。
セバスチャンはティーポットを持ち上げるとワゴンの上のカップにハーブティーを注ぎ、俺たちの前に置いた。
ティーポットの位置が高い。
高いところからこぼすことなく一気にハーブティーが注がれる。
洗練された、流れるような動きだ。
男爵を含めて全部で六杯。
警備の人にはないらしい。
「では」
エステル男爵がカップを持って俺たちにも促し、ハーブティーに口をつけた。
俺も飲んでみる。
やや甘酸っぱい感じのさわやかなハーブティーだ。
「これは美味しいですね」
「ありがとう