売店
「ロッジでは会員同士、世俗の役職や身分にとらわれることなく振舞う。そこは忘れないでほしい。ときの皇帝陛下が解放会の会員であった時代もあるが、ロッジではあくまで対等だ。皇帝が会員になろうとしても、実力がなければ断らなければならない。帝国解放会の実力を維持していくためには是非とも必要なことなのだ」
エステル男爵がもっと恐ろしいことをのたまう。
普段から態度のでかそうな男爵に言われることではないかもしれないが。
皇帝が会員だったこともあるのか。
たとえ皇帝でも実力が足りなければ会員にはなれないと。
話しぶりから見て、今上帝は会員ではないのだろう。
実力が足りないと判断されたのだろうか。
会員でない方がいい。
俺の精神的に。
皇帝だから公爵だからとどんどん入会を認めていけば、やがて帝国解放会の内情はぐだぐだになっていくだろう。
実力者の団体であることを保つためには規律が必要だ。
皇帝ならあの甘い入会試験くらいどうにでもなりそうな気もするが。
いや。そのためにこそ内部では対等なのか。
わざわざ入会して平民ごときに生意気な口を利かれたくはない。
対等にしておけば役職や身分が高いだけの者は入会してこないと。
いろいろ考えられているらしい。
「なるほど」
「ブロッケンの方へは我が連絡を入れておく。入会儀礼のある五日後までは、推薦者とはあまり会わない方がいいだろう」
「そうか」
公爵へ謝礼しに行く必要はないようだ。
「我の方からはこんなところか。その他の説明は、書記から受けてくれ。セバスチャン、後を頼む」
男爵がセバスチャンを呼び寄せた。
セバスチャンは執事ではなくて書記なんだろうか。
「かしこまりました」
「彼が総書記のセバスチャンだ。細かい話は彼に聞いてくれ」
総書記だった。
書記だとそうでもないのに、総書記というとぐっと偉そうな気がする。
「分かった」
「では」
男爵がカップを飲み干して立ち上がった。
俺が立とうとするのを手振りで抑え、部屋を出て行く。
その直前には男爵パーティーの冒険者がアイテムボックスを開けてセバスチャンに料金を払っていた。
ハーブティーはただではなく、男爵のおごりだったようだ。
あるいは冒険者が払ったのは男爵の分だけで、俺たちの分は後でセバスチャンから請求されるかもしれない。
いずれにしてもアイテムボックスを開けたということは多分銀貨で支払ったのだろう。
いくら払ったかまでは見えなかったが、複数枚出したと思う。
六杯で銀貨二枚だとしてもいい値段だな。
男爵が飲んだ一杯分だったとしたらとんでもない額だ。
本当に破産しかねない。
ここはぼったくりバーかといいたくなる。
「それではミチオ様、よろしければ当ロッジの説明をさせていただきます」
ぼったくりバーのマスターが頭を下げた。
いや。セバスチャン総書記だ。
「頼む」
「こちらへお越しくださいますか」
「分かった」
俺もカップに残ったハーブティーを飲み干してから立ち上がる。
高いのでもったいない。
ロクサーヌたちも全員ハーブティーを飲み干して席を立った。
「こちらの部屋は打ち合わせやパーティー同士の親睦などにお使いいただけます。同様の部屋は二階にもございますので、遠慮せずご用命ください。ご利用に当たっては飲食物のご注文をお願いしております」
セバスチャンが歩きながら説明する。
部屋の利用料は取らないが、飲み物代に上乗せということだろうか。
だから高いわけね。
そういえばエステルは会費について触れなかった。
会費がないとするとその分も利用料に上乗せなんだろう。
「何かのときには頼む」
「基本的に当ロッジのある場所は非公開となっております。外へつながる扉もありますが、業者や私ども書記の専用通用口です。緊急の場合を除き、会員様にはご利用いただけません。用件のあるときにはロビーの壁にフィールドウォークでいらしてください」
「そうか」
帝都にあるロッジだと男爵からは聞いてしまったが。
会員以外には非公開ということだろうか。
あるいは、帝都のどこにあるかは秘密ということか。
帝都といっても広いだろうし。
帝都帝都といってもいささか広うござんす。
ワープにしてもフィールドウォークにしても移動距離に応じて消費MPが変わる。
どこら辺にあるかくらいは分かってしまうだろう。
「二階には大会議場、三階には資料室などがございます」
セバスチャンがロッジの中を先導し、階段の前で説明した。
一階だけでも結構広いのに、三階まであるのか。
「資料室ですか」
「はい、セリー様。会員様方の活動報告やメモ、迷宮を攻略した会員様が遺した攻略方法なども収集されております」
「それを見ることができるのは正規会員だけでしょうか」
セリーが食いついた。
見たいんですね、分かります。
「会員のパーティーメンバーのかたも会員に準じた扱いを受けます。会員であるミチオ様の委任があれば、セリー様も資料室に入ることが可能でございます」
「分かりました」
メモや攻略方法に何か役立つものがあるかもしれない。
そのうちセリーを行かせてみるのもいいだろう。
「この奥の部屋が、店舗となっております」
セバスチャンが一つの部屋に入る。
みやげ物でも売っているのだろうか、と思ったが違った。
槍や鎧などがいくつか置いてある。
そういえば公爵が帝国解放会では装備品の売買を行っていると言っていた。
「装備品か」
「はい。数は多くございませんが、オリハルコンなどで作られた強力なものや、スキルのついた装備品を扱っております」
確かに、槍はオリハルコンの槍だ。
オリハルコンの剣があったのだからオリハルコンの槍もあるのだろう。
俺はオリハルコンの槍の前に行き、穂先を見上げる。
「いい槍のようだ」
「ここでの装備品の売買にはお金の他にポイントも使用いたします。強力な装備やスキルのついた装備品をお売りいただいた場合、その装備品に応じたポイントを会員のかたにつけさせていただきます。当会からものを購入なさるとき、お金の他にそのポイントを消費します」
ポイントがあるので売った分しか買えないということか。
ここでものを買うためにはその前にものを売らなければならないと。
武器屋に売っているような武器を買ってきてそのまま売却しても当然駄目なんだろう。
オリハルコンの武器はクーラタルの武器屋に売ってなかったし。
オリハルコンの槍のような強力な装備品かスキルのついた装備品でなければいけない。
俺なら、セリーもいるしモンスターカード融合に失敗することはない。
スキルのついた装備品を売ることはできる。
そうやってポイントを貯めて強力な武器を買うと。
別にこのオリハルコンの槍がほしいわけではない。
空きのスキルスロットもないし。
しかしこうして実物をチェックできるなら、鑑定で空きのスキルスロットを確認できる。
出物があったときのために準備はしておかなければならない。
問題は、商品の回転率がどのくらいかということか。
置いてある装備品の数は多くない。
槍も一本しかない。
オリハルコンの槍なんかは供給も少ないだろう。
帝国解放会の店舗とはいえ、誰が持ち込むのか、ということだよな。
公爵や男爵なら金は持っているだろうし迷宮の上の階層で戦っている人も同様だから、売りたい人よりも買いたい人の方が圧倒的に多いことは想定できる。
売らなければ買えないというシステムは、よくできているな。
「結構売れるのか?」
「会の事業でなければ商売として成り立つほどではないでしょう。個々の装備品については、すぐに売れる場合もございますし、ある程度長く留まる場合もございます」
それはそうか。
ある程度は頻繁に来て自分の目で確かめる必要がありそうだ。
槍以外の他のものも数は少ない。
複数あるのは身代わりのミサンガだけか。
台の上に身代わりのミサンガが三つ置かれていた。
「身代わりのミサンガか」
「よくお分かりでございます。身代わりのミサンガは本来買い取りをするような品ではございませんが、消耗品ということで扱わせていただいております」
「よく出るのか?」
「常備在庫がございますので、ときどき購入なさるお客様がおられます。ポイントも消費いたしますので、緊急でなければクーラタルのオークションで手に入れられることが多いでしょうが」
オークションで入手できる品にポイントを使うことはないか。
オークションではいつ出品されるか分からないので、緊急の場合のみ買うと。
予備がないのに壊れてしまったときとか。
「なるほど」
「値付けについては、こちらの方で適切な値段をつけさせていただいております。一般的に、買い取る値段はオークションでの売値よりも大幅に安くなっております」
オークションで売った方が得ということか。
まあそれはそうだろう。
ここで売ればポイントも手に入る。
逆に、オークションで手に入れた品をここで売る人もいるのかもしれない。
金銭的には損をするが、ポイントは獲得できる。
お金をポイントに換えるようなものだ。
「身代わりのミサンガなら俺も予備があるが、一つ売るとポイントはどのくらいもらえるんだ?」
「一ポイントでございます」
「身代わりのミサンガの買取金額を聞かせてもらってもいいか」
「一万ナールとなっております」
やっすいな。
オークションの落札価格は、ここでの買取価格に払ってもいいポイント分の値段を足した金額まで上昇することになる。
一ポイントに一万ナール出す気があるなら、オークションの入札に二万ナールまでぶっこめる。
オークションの方が高くなるのは当然だ。
身代わりのミサンガが二万ナールということはないし、ここで扱うような装備品なら、オークションで数万ナールから、あるいはもっとするだろう。
十万ナールで競り落とし半値で売ったとして、五万ナールの損失。
ぼったくりだ。
「さっきのはオリハルコンの槍だろう」
「さすがによくお分かりでございます」
「オリハルコンの槍を買うのに必要なポイントは」
「三ポイントとなっております」
オリハルコンクラスの装備品を入手するには身代わりのミサンガを三個売る必要があるわけか。
さらに購入金額が別途かかる。
結構大変だ。
芋虫のモンスターカードは続けて頼んでおけばよかった。
今からでも頼めなくはないが。
迷宮でミスして身代わりのミサンガが切れてしまったとか言って。
その情報もすぐに公爵に届けられる。
知られてもいいような、知られてたらまずいような。
微妙な感じだ。
「大盾があるようですね」
ロクサーヌが盾を指差した。
「大盾か」
「大盾ですか」
ベスタが食いつく。
大盾を使うのは竜人族だからな。
「前に竜人族の人が同じような大きさの盾を持っているのを見たことがあります。あれが多分大盾でしょう」
ロクサーヌのいうとおり大盾だ。
頑強のダマスカス鋼大盾というのが置いてあった。
頑丈の硬革帽子というのなら持っている。
あれを作ったときにはコボルトのモンスターカードをつけなかったと思うから、頑丈よりもいいスキルなんだろう。
「頑強のダマスカス鋼大盾でございます」
俺は鑑定で分かるが、セバスチャンはここに置いてある商品を全部覚えているのだろうか。
たいしたもんだ。
近づいて見てみる。
台の上に寝かせて置いてあったので分からなかったが、かなりでかいな。
人一人くらいは余裕で隠せる。
これで守られたら物理攻撃が通じないのではないだろうか。
魔法で攻撃するか。
あるいは盾ごと吹き飛ばすか。
その分、持つのは大変だろう。
これを片手で持つとか、さすが竜人族は中二病のカッケー人たちだ。
守るだけなら、竜人族じゃない人が持ってもいいような気がする。
迷宮にわざわざ狩に行って守るだけとか意味不明だから持たないのだろうけど。
魔法使いが使うとか。
杖代わりの大盾とかあったらよかったのに。
あったら俺が使いたい。
僧侶や神官が使うとか。
六人し