Sense309
「ユン。お前、いつから迫撃砲を搭載したんだ?」
「人を戦車みたいにいうな。全く」
二時間半という長期戦でぐったりの俺は、ただ夢中に戦闘を続けていた。
対空射撃にエンチャントによるステータス補助、俺一人では、出来る手数は多いが、それでも戦場のごく一部をフォローできない事実と長期戦にタクへのボケに対して、ツッコミも湧かない。
引いた敵の軍勢は、城に架けられた桟橋から城内へと戻り、夕方の茜色の空と大地に戦闘の爪痕を残す。
「だってよ。ユンの攻撃の跡地なんて、まるで抉ったようなクレーターができてるぞ」
そう言って、タクの指差す先では、戦場の各所に《弓技・流星》の爪痕がはっきりと残っている。
「魔法でも届かない範囲の攻撃の殆どは、お前の攻撃だからな。ユン」
「はははっ、嬢ちゃんの戦法は、アウトレンジからの一方的なジェノサイドだな」
やや疲れの見えた表情のミカヅチも茶化して来るが、俺は反応するのが面倒で黙る。
「そう言えば、ユンってこんな長期戦って慣れてないよな。わりぃ」
「いや、まぁ、そうかも」
何時もは、数十分程度で終わり、その連続だったりするが、ほぼノンストップで夕方まで戦い続けたのは初めてだ。
無限に湧き出ているのではないかと思うほどの尽きない襲撃は、精神をすり減らす。
途中でワイバーンの襲撃や消費したMPの回復で階段まで退避するが、それでも城壁を守るプレイヤーを抜けて襲ってくるかも。と考えた時は、心が休まらなかった。
「……こりゃ、慣れないことして疲れたんだろ。今は休め」
「いや、まだできる。やれることはある」
「そんな調子でできるわけないだろ」
タクに軽く額を小突かれて、そのままふらついて尻餅を着く。
本格的に駄目だ。と悟り、休むことが決まれば、今は途轍もなく眠たく感じる。
「俺、一度【アトリエール】に戻って休むわ」
「うん。僕たちは、下に降りて、食事してから休むよ」
「今日の反省点を生かして、明日の打ち合わせも必要だからな」
リーリーとクロードがそう言い、城壁の見張り要員以外は、町中へと戻る。
俺は、料理プレイヤーのところに寄らずに、【アトリエール】へと向かう。
イベント中で閉店状態のお店にインテリア用のネタアイテムであるベッドを取り出し、倒れ込む。
「はぁ、疲れた」
枕に顔を埋めて、くぐもった声で呟く。
「……リゥイとザクロで癒されよう」
今は、疲れた心が癒しを求め、アニマルセラピーの力を借りることにする。
「リゥイ、ザクロ――《召喚》」
召喚石から呼び出した二匹を近くに引き寄せ、抱き締める。
「マジで疲れた」
こんな戦いが後六日も続くのか、と考えると、げんなりする。かなりハイペースな展開に疲れてらしい。
ザクロを抱きしめたまま、ベッドに倒れ込み、目を瞑る。
「あした……は、もうすこし、らくに、かまえ……よう」
次第に遠のく意識の中で、ザクロを抱きしめる腕と、撫でるリゥイの滑らかな毛並みの感覚だけは最後まで手放さなかった。
沈むような柔らかなベッドでたっぷりと眠りについている間、イベントの進展はなかった。
プレイヤー側の休憩時間である夜間だが、このタイミングによる城への襲撃作戦や城内への潜入と敵のユニークMOBの暗殺作戦などが立案されたり、敵MOBとの戦闘でヤラれて、死に戻りしたプレイヤーの数の多さなど相まって、賛否両論の会議が行われた。
また、昼間の戦闘で倒した敵MOB・敵将のユニークMOBからは、通常ドロップやユニーク装備などの戦果に湧く一方、食材系のアイテムも多数ドロップし、料理センス持ちたちがその食材を使って、昼夜問わずの奮戦を見せていたらしい。
夜間にギルドのいくつかが勝手に城攻めを行って、返り討ちに遭い、魔女城の防御態勢を知る人柱になったり、寝床確保に奔走するプレイヤーたち、睡眠時間を削っての宴会まで始める成人プレイヤーたち。
そんなカオスな状況に巻き込まれなかったことは、幸運なことだったかもしれない。
そして、翌朝――
「……うん。朝、なのか」
俺の顔や首元に尻尾を巻きつけるようにして眠るザクロを引き剥がし、ベッドから上体を起こす。
首元が暖かく、柔らかかった三尾の狐を起こさないように抱き抱え、メニューを確認する。メニューの表示では、午前四時半と夜明け前の時間帯だ。
「寝すぎた。仮眠のつもりがガッツリ寝ちまった」