「お待たせ、七瀬さん。入っていいよ。」 「......お、お邪魔しまーす。」 「.........。」<br><br>ねぇ、何で緊張してるの?<br><br> そんな言葉を天はぐっと飲み込む。天には長年連れ添った経験がある。そんな陸の行動を読むのは容易く、されど難しい。天は昔の七瀬天ではないのだから。それと同時に現在の陸も過去の陸とは変わっているのだから。 陸が座ってクッションを抱きしめると、自然と天は昔のように隣に寄り添って居たくなった。愛しい片割れ。もしかしたら大人になって隣に居ることすら叶わなかったかもしれない可愛い弟。 「それで何かあったの?」 「...な、なにも。」 「ごめん訂正するね。何があったの?」 質問が断定に変わる。鋭い天の視線から陸は逃げるようにクッションを握りしめて顔を伏せた。 「............」 「陸。」 「...!」 陸は名前を呼んだときぴくりと反応した。天はそれを見逃してはくれる程、優しくはなかった。 「りーく。......陸はボクのこと嫌いなの...?」 「そんな訳...っ!あっ!?」 天が不貞腐れたように俯く。陸が天の言葉を否定しようと必死になって顔を上げた途端、天は目尻を下げて蠱惑的に微笑むと陸からクッションを取り上げたのだった。 「...ふぅん、そうは見えなかったけど?」 白々しく天が腕を組んでそう言えば、陸は潤んだ目で天を睨んだ。 「天にいのこと嫌いな訳ないよ。...そんな質問、ずるい。」 「陸だってこんな質問したんだからおあいこでしょ。」 「...ごめんなさい。」 「ね、陸、話してよ。」 天は陸に耳元で囁いた。なんだって自分はいつまでも兄に勝てないのだろうか。 「......オレのこと、嫌いにならないでね。」 「ならないよ。」 「約束できる...?」 「陸が望むなら、何度でも。命だって懸けられるよ。」 「...命は懸けないで。でも安心した。」 陸はほっと息をつくと天を真っ直ぐ見据え、口を開く。 「ごめんなさい、オレ、天にいに酷いことした。」 「え、」 「天にいはオレの治療費の為に出て行ったんでしょ...?それなのにオレは天にいを勝手に恨んで、羨んだ。」 「...っ?」 治療費?天は考えを深く巡らせた。陸には治療費のことを話した覚えはないし、陸に察せられるような下手を打った覚えもなかった。 「八乙女さんや十さんが天にいと、一緒に歌って、踊ってて...。大変なはずなのに、楽しそうで。 ...羨ましいって思っちゃったんだ、オレ。」 陸が自嘲するように笑うと天は陸を抱きしめていた。 「...っ陸は悪くない!陸はずっと我慢してたんだ...!」 「天にいだって、オレに気遣ってずーっと我慢してた。」 「そんなことないっ!陸のためならボクは...!」 我慢なんて苦にならない。陸と一緒に居るのが一番楽しかったんだ。陸と一緒じゃなきゃ、意味なんてない。そう言葉を紡ごうと口を開けるが、陸が遮る。 「...オレだって天にいとずっと一緒に居たかった。天にいとなら発作なんてつらくなかったし、天にいとおんなじ気持ちだったよ?でも出て行ったのは天にいの方だ!」 陸はそう言うと同一人物とは思えない程の別人のような落ち着きで天を一瞥して呟いた。 「...ずっと、謝りたかった。」 「謝られるようなことをされた覚えは_」 「オレ、天にいが好きなんだ。」 「...ボクだって陸が好きだよ。」 天は動揺していた。だがそれを顔に出すことはない。その態度で陸の心を深く抉ることを分かっていながら陸の想いに気付かないフリをした。 「そっか、嬉しいな。」 陸は屈託のない笑顔を天に向けた。それは天が思い浮かべていた表情とは全く違うものだった。もっと顔を歪めて、嘆くものだと、泣くものだと、思っていた。<br><br>「匿ってくれてありがとうございました、九条さん。」 「...どういたしまして。」 陸とは今までのように変わりなく何でもないように別れた。 天が選んだ選択肢は正しかったのだろうか。天にはまだ分からなかった。ちくり、と胸が傷んだ。後悔しているのは確かだった。
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